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中国骨董家具講座

第二回「清代家具(清代〜1920年)」

 
この中国骨董家具講座は、2002年秋に上海文化班による講座内容を編集まとめたものです。
 
乾隆帝に時代に入り、明式家具は歴史の舞台から消える。それに代わって、広州で造られる広式家具が現われる。明代は室内が暗く、その為に家具も比較的淡い色調で、黄花梨木が最良とされたが、清代に入り紫檀に取って代わられた。清朝の皇宮はこれまでの家具よりも、豪華なデザインを好んだ為、その要求に応えるべく広州式家具が生まれた。広州の家具は、非常に豪華で、明代の家具と強烈な対比を成している。

Point:
広式家具が中心、西洋文化との融合、工芸技術の革新
   
歴史的背景
1. 中国の対外開放都市・広州
  明代末から、西洋の伝道師が宗教、文化(彫刻、絵画、等)を携えて、広州から中国に入国。この為、広州の工芸品(景泰藍、象牙彫刻、鼻煙壺、等)はヨーロッパの影響を受けた。家具も例外ではなく、ルネッサンスの影響を受けた。
 
工芸的特色(明式家具の特徴)
1. 彫刻技術が家具製作に用いられるようになる
  彫刻技術の4種類
a. 線刻;刀で直接、線を彫りこむ
b. 浮彫;浅い、中、深い、の3種類がある
c. 透彫;直接、透かし彫りを彫りこむ
d. 圓彫;立体彫り
 
  明代は透彫と浮彫が中心、浮彫も掘り込みが浅かった。広式家具は、その大部分が透彫と圓彫で、掘り込みも中、深いものが殆どだった。家具によっては、表面の80%に彫刻が施されているものもある。木材はもともと細かったが、彫刻を施す為に大きな木材が使用されるようになった。こうして、明式家具の合理性、簡潔性が家具のデザインに適さなくなった。清代家具は豪華ではあるが、重たく鈍いものに変わった。
 
  清朝に入り、家具製作工芸も影響を受けたが、その技術は明朝には及ばない。清朝期に使用の主な木材は紫檀木で、これを使い切ってしまってからは紅木が使用された。広州は対外開放された港だったので、十分な木材があり、これらを惜しみなく使用し、どんどんと大きな家具が造られるようになった。この他、中国の広東、広西、雲南、等の南方は良質な硬木の産地でもあったため、豪華さを追求する点から、彫刻以外にも象嵌技術が重視された。象嵌には、大理石、貝、景泰藍、磁器、等が使われた。この他にも、美しい木目を持つ?木(影木とも書く。木材の種類ではなく、木の瘤の部分。)も使われた。象嵌の外にも、漆が塗られ、その上に金で絵が描かれたものもでた。これには二種類あり、黒漆描金と紅漆描金。立派で堂々とした家具の製作の為、特に北方では、木材の良し悪しよりも装飾工芸が重視された。
 
  家具の装飾に銅の蝶番、取手、等が使われた。
   
*京式家具(蘇広式家具が基礎、皇室の為に製作され、以後民間に流失)
  京式家具は蘇広式家具の基礎の上に発展した。明代、家具はそれぞれの地方から献上されていたが、清朝に入り皇帝が特に家具製作を重視したことから、皇宮に蘇広式家具の技術者が集められ家具製作部門が設置された。時には、皇帝自らデザインを行い色々な要求を出した。このような京式家具は、他の北方家具とは違い大型で豪華な宮廷家具。大部分は紫檀木が使用され、広式ほど多くはないが、蘇式家具よりは多く彫刻が施されている。
   
*山西(晋式)家具
  山西の晋式家具は明式家具の風格を持つ。しかし、工芸技術は清朝乾隆時代のもの。山西は中国内地の為、紫檀木が使われることはなく、核桃木と呼ばれる木材が使用された。これは、木質が硬く、木目が美しい(山西生産の核桃木)。この外にも楡木が使用された。交通が不便で、孤立している為、多くの家具が現存している。現在上海で見る骨董家具の多くは山西から来ている。
   
*寧波(涌式)家具
  主な特徴として、表面に玉器の象嵌が施されている。
  これら以外にも中国には多くの漆家具がある。揚州、江蘇の家具の中には、厚く灰漆が塗られ、その上に彫刻が施されたものもある。福州の脱胎漆器は、その技法の為にとても軽い。北京で清代に生まれた漆器家具を彫漆家具、と呼ぶ。家具に厚く漆を塗り、そこに彫刻等を施す。紅色の彫漆を剔紅、黒色を剔黒、と言う。殆どは小さな蓋付きの入れ物に、この技法が使われている。去年、香港のオークションで、30cmの果物かごが2,800万人民元で取引された。
   
  明宣徳年間に、当時の最高の技術で作られた漆器が日本の皇室に贈られ、現在も日本の博物館にある。
中国の漆器は、5,000年以上の歴史を持つ。木から採取されたままの漆は生漆と呼ばれ、加工が加えられると熟漆と呼ばれる。熟漆には顔料を加える事も出来る。大部分の漆は、亜熱帯の広東に生育しているので広東漆と呼ばれ、中国特有なので国漆とも呼ばれ、また民間では大漆の名前もある。漆は防脱落防高温効果がある
   
  この為、中国家具には、木目の見えるものと、漆が塗られたものとの二種がある。
民国時代に入り、西洋の家具が中国に入ってくるようになり、中国の家具にも変化が現れた。広東家具は西洋の影響を受けてはいるが、清代家具は中国家具の構造を持つ。
   
*海派家具(民国期に上海で生まれた新式民家家具)
  民国期に入り、家具製作工芸の西洋の影響を受け、その最も重要な大都市が上海。これを、海派家具と呼ぶ。建築物の変化が家具製作にも影響を与え、全面的な西洋化が起こった。四合院はその面積が大きいが、民国期に入り面積の狭い部屋が造られるようになる。この時期、家具製作には紅木と柚木が使用された。紅木は、その切り口のすっぱい薫りから、酸子木とも呼ばれる。民国期には、新式家具の外、大量の模造家具も造られた。当時、主な技術者は温州、常州、蘇州から来ていたので、それらの家具は清代を真似て造られていた。
   
  中国の骨董家具は民国以降姿を消す。明代、明式、倣明式家具の概念の区別をはっきりとつける必要がある。"明代"は、明朝生産の家具。"明式"は、明朝と清朝初期生産の家具。"倣明式"は、以後の模倣品。
   
  歴史的に言って、皇族が使用した硬木は少量で、多くは田舎で使われている。田舎の家具には、修漆が施されているものと、施されていないものとがある。殆どが、江南に育つ欅木が使用されている。欅木は薄い黄色から灰色で、木目は淡い。木目がはっきりとしていて、とても美しい。私達の見る多くの骨董家具は、欅木で造られている。北方では、欅木と似た楡木が多く使用された。欅木の外にも、楠木が珍重された。これは、四川、雲南、貴州が産地で、四川の木材は長江を使って江蘇まで運ばれた為、江蘇では楠木の家具が多く作られた。楠木は、触った触感がとても良く、木も大きく成長し、家具製作後の狂いも少ないので大型家具の多くが楠木で造られている。最大の楠木は60m以上にもなり、最高の楠木は金?楠木と呼ばれる。感触が良いので、漆は施されない。
   
*田舎家具(白木家具、民俗的な雰囲気が濃く、洗礼されていない)
  民間では、銀杏木、白木が家具に使われた。白木は塗料を塗る必要があるので、これらを白木家具と呼ぶ。北京では、柴木家具と呼ばれる。
装飾として収集している人も多い。その外にも、彫刻の美しい門、窓、等を装飾品にしたり、田舎家具を改造して芸術品としても扱っている。


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