中医沙龍〜中医薬大学の教室より〜

膏方をご存知ですか?


話はそれますが、外来で患者の診察をしていると上海のいろんなことを知ります。その一つが医療保険です。

日本ではサラリーマンの医療費の負担が3割になりました。
しかし医療費の負担増加に悩んでいるのはこの上海も同じで、比較的早期に制度が確立されたため、さまざまな規定があります。

たとえば医療保険に入っている人は一度に5種類以上の薬を処方できないとか、中薬は3種類までとか、金額はいくらまで、とかです。医者はとくに処方する時にこれらの事柄に注意を配ります。もし怠ると、まともに医者の給料から違反として天引きされてしまうからです。

その一方で、実際には1枚の医療保険カードを家族で使いまわしたり、処方した薬を闇で売りさばいて現金を手にしている患者や抜け道はいろいろ。そこで今度は本人写真入のID制をさらに高めたカードを製作し、何とか増える医療費を抑えようとする市政府。いたちごっこはまだ続きそうです。

T はじめに

中国人が冬に人参や冬虫夏草を服用したり、栄養満点の火鍋を食べに行ったりするのは有名な話で、その理由は【もうすぐ冬〜中医学の冬支度、養生編】の回でも以前に紹介しました。

冬至には日本では南瓜をたべたりしますが、中医理論では冬至(旧暦の11月)を境に陰と陽の流れが変わるとしています。

つまり冬至前までは陰が盛んになり、冬至のあとから陰が衰えていき、陽がだんだん盛んになってくるということです。

従って陽が盛んになるこの時に、体に補うべきものを補ってあげ、来る春、しいては暑い夏を乗り越えるための体力を蓄えておこうという発想です。
これを中国語では「冬季進補」といいます。そのなかでの代表選手は膏方という薬で、この時期薬局に行くとかならずといってもいいほど膏方の壷が薬酒といっしょに並んでいます。

今回はこの膏方について紹介しましょう。


上の瓶が膏方、下の瓶が薬酒

U 膏方と膏薬

膏方といっても日本人にはなじみが薄いかもしれません。
膏薬
というと分かる方も多いかと思いますが、膏薬は主に外用薬を指し、ペースト状になったものを一般に言います。おなじ分類に入りますが、膏方は主に内服薬で、これもやはりペースト状です。風邪薬でおなじみの蛇胆川貝枇杷膏なんかも膏方になります。

これらは市販品ということで、決められた処方があり、どれも同じような品質を保っています。膏方の処方には大きく3つの種類があるとされています。つまり病気を治療するもの、体の調子を整えるもの、そして虚弱体質の人に対して不足を補うもの、の3つです。

これら膏方は一般的に氷砂糖などで固めるため味は甘く、服用時はコップ一杯のお湯に一匙溶かして飲みます。普通は1日2回、朝晩に服用します。

ここ本場中国では市販品以外にも、中医師が患者のために処方したオリジナルの膏方があります。


V 自分だけの膏方ができるまで

市販の物ではなく、自分だけの症状にあった膏方を作るというのは、それなりに幾つかのプロセスを踏みます。喘息や胃腸病、婦人病など慢性疾患のある人はたいて自分のかかりつけの老中医師がいるため、その処方を基本に組まれていきます。

まず、自分の体を膏方が服用できる状態に持っていかなくてはなりません。たとえば風邪を引いている人は風邪をまず治さなくてはなりませんし、食欲のない人や胃腸の調子のすぐれない人はそれを治さなくてはなりません。

風邪などの邪気が体にある状態で、膏方を飲むと逆に邪気に栄養を与えてしまう結果になり、疾病の回復を長引かせると中医学では考えるからです。そのためまず中医師に「開路薬」というのを処方してもらいます。これで体全体の調子を整えて膏方を飲める状態にまで持っていきます。
同時にこれから長期にわたって服用する膏方が体に悪い影響をもたらさないかという確認の意味もあります。

「開路薬」を一通り服用し終わると、次はいよいよ膏方の処方に入ります。「開路薬」の処方をベースに、驢馬の皮を成分にした阿膠鹿角膠亀板膠氷砂糖などの生薬を加えた膏方の処方が組まれていきます。

中には体を補う生薬など約20種類ほどが含まれています。これで自分だけの膏方の処方が完成します。


W 技術を要する膏方の製造過程

これだけ大量の生薬を含んでいるわけですから、それを煎じるのはとても個人では出来ません。そこでこの時期は中薬局が一括して薬を煎じてくれます。人民路1号にある「童涵春」という創業218年の薬局へ取材に行ってきました。

薬局の上部にある大変見晴らしのいい場所にある工房は熱気でムンムン。6つの大きな銅の鍋が並べられており、そこで男たちがおおきな勺を片手に生薬の攪拌をしています。

ここでは火力にガスを使っていません。
火が鍋全体にわたるようにするためで、そのため朝7時には出勤して火起こしから仕事は始まります。そこで3回にわたって生薬を煮詰めては濾過するという工程を繰り返します。

はじめ水のような液体は、煮詰めるにしたがってシロップのようにどろどろになっていきます。しかし攪拌を怠ることはできません。隣で新人が攪拌の仕方がまずいといって怒られていました。


攪拌する手さばきがすばらしい



完成間近の膏方−後ろの壷に入れられると製品として店に並ぶ

強烈な生薬の香りの中、火にあぶられながら作業は続けられていきます。

生薬の成分と糖分の関係で非常に焦げやすいので細心の注意が必要なのです。この作業を1つの鍋につき3時間近く行います。

すべて手作業のため、頑張っても1日30個が限度とか。こうやって出来た膏方が瓶に詰められ、患者の手に渡るのです。


X 服用上の注意

膏方も一応薬ですから服用法に若干の注意が必要です。
前述しましたが、一般に1日2回朝晩が一般的で、一匙をお湯にとかして服用します。薬は変質しやすいので必ず冷蔵庫に保管するようにしてください。

また服用中は大根や蟹、海老など刺激の強いもの、辛いもの、脂っこいものは避ける必要があります。また風邪を引いたり、熱があるときは服用を一時やめます。また糖尿病の持病のある人はあらかじめ中医師に伝えておきます。糖分の量を調節する必要があるからです。

同じ中国でも上海一帯の江南地方は膏方が比較的盛んな地区で、一方で台湾など南にさがると、人々はあまり服用する習慣がありません。
南では比較的温暖なため長期保存する必要のある膏方に容易にカビが生えたりするためかもしれません。

いずれにしろ、冬季進補の代表選手「膏方」はいまでも庶民の間で生き続けています。

(山之内 淳)


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