中医沙龍〜中医薬大学の教室より〜

  〜その2 気は如何に作られるのか?〜

 あと二週間弱で春節休みということで、中国人の学生たちもなにかと落ち着かないようです。半分以上を占めている地方から来た学生たちは、長い人では3、4日も汽車を乗り継いで故郷に帰るわけですが、筆者もこれを機に日本に少し帰ろうかと思います。中国生活が長くなるほど、日本のいろいろな流行に対して「浦島太郎」の状態になるわけで、毎回その感覚を楽しんでいます。

 前回はかなり大きな範疇での「気」についてご紹介しました。そこで、今回はもう少し踏み込んで、人体との関わりで話を進めていきたいと思います。
 さて、分かり易い例として、よく気功師などがテレビで、気の発生を披露していますが、この気とは何物なのでしょうか? 実はこの気については私達の大学の教授陣の中でも賛否両論があり、実際のところは否定論が多いようで、とりあえずここでは「私達すべてが体に気を持って、ごく少数の人だけが気に対して敏感である。」という説明だけにとどめておきます。
 実は中国でも気にまつわるさまざまな超能力的現象が報告され、そのたびに大学の教授達がさまざまな測定機器を担いで、観測に行っているそうですが、まだそれらしき結果を得ていないようです。

 中医学において人間の体を構成する最も基本的な物質として「気、血、津液」の3種類が挙げられます。気とは、極めて小さな物質を指し、血とは体中の脈をめぐる赤色の液体で、津液とは体の中のすべての正常な液体の総称です。これら3つは互いに影響しあい、人体の正常な生理、代謝をささえ、五臓六腑や経絡にエネルギーや、人体の活動に必要な物質を提供します。たとえば汗をかきすぎると、体内の津が消耗され、そのため津の影響をうける血が不足し、その影響が気にまで及んだとき、体がだるいなど一連の症状が出てきます。そのためサウナ等での急激な発汗にはご注意を、と言う事になります。《霊枢・営衛生会》に、「奪汗者無血」(汗を奪ってしまうと、血がなくなる。)という一節があり、納得させられます。
 では、古代中国人は、人の気の生成をどのように考えていたのでしょうか?
《霊枢・本神》に「生之来、謂之精」とあります。人の誕生は父母の精気が合わさってはじめて成立するわけですが、この精とは《管子・内業》にあるように「精也者、気之精者名也。」、つまり気の中でもさらに選りすぐられた気と言う事になり、つまるところ両親から受け継いだ先天的な要素ということで、今でいう遺伝基因に相当するものと解釈できます。しかしいくら先天的要素が充実していても、精気は育まれません。そこで大切なのが後天的要素です。
 人間は出生すると、すぐに呼吸をし、五臓六腑の中の肺を通じて「自然清気」を取りこみます。そして食べ物を口にすることにより、「水穀精気」を脾、胃を通じて、吸収します。先天の精気は、出世後、腎に蓄えられます。
 ここで注意していただきたいのは、中医における五臓六腑と西洋医学の臓器とは全く概念が違うと言う点です。例えば脾ですが、これは西洋医学での免疫を司る脾臓とはまったく別のもので、ここでは一種の消化器官とご理解ください。腎臓にしても同じで、詳しくは後日、五臓六腑を取り上げてご紹介いたします。
 従って「脾胃」の調子が悪ければ気が不足する「気虚」という状態になります。症状としては、疲れやすい、眩暈がする、声に力が入らない、昼間に汗をかきやすい、脈に力が無い、などです。西洋医学の貧血と似ているようですが、中医での気と血が不足したときに西洋医学で言う貧血に相当し、考え方が大きく違います。
 とにもかくにも、健康で暮らすための条件の一つとして、気を体内でしっかりと育ませることが大切で、《霊枢・五味》「穀不入半即気衰、一日即気少」とあるように「穀」つまり食べ物を規則正しくしっかりと取り、脾胃の働きを高めることは、欠かすことができません。
 では次回は気の中医学における人体に対する働きについてご紹介します。

(上の写真は、中医薬大学の教室の様子)

(山之内 淳)


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