あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
私たちの大学は1月3日より正常講義がはじまっており、正月気分はほとんど感じられませんが、一応上海の街の中はかなりにぎやかだったようです。筆者はあの殺人的な人込みを避けるべく、連休中はずっと家で休養しておりました。
さてこれから何回かに分けて 中医学での「気」についてご紹介したいと思っております。
中医学の気について話すと、必ず聞かれることは、「本当に気でスプーンが曲げられるの?」とか「気で人間飛ばすことができるの?」など、かなり超能力がかった質問が多いのですが、それでも近頃の日本における漢方、中医学ブームで多くの人が「気」と言う言葉に親しみを覚えてくれていることは嬉しい限りです。
また日本語をよく見てみると「気」の漢字がつく言葉が極めて多いのに気がつくはずです。「元気」などはその代表で、実は中医学の本を読んでいても、使われている意味は違いますが、あらゆるところで登場する熟語です。そのほかにも「気がめいる」「気をもむ」「気配り」「空気」「大気」などなどありますが、では中医学ではいったいどのように「気」を定義付けているのでしょうか。
気という漢字は『氣』をみるとその成り立ちの起源を垣間見ることが出来ます。『氣』の漢字の中にある「米」は何を物語っているのでしょか?
古代人は、日常生活の中で、空に雲があり、またご飯を炊くときに湯気がモクモクと空へ昇っていくと言うことを日常生活の上で知っていました。これらに共通して言えることは、人が肉眼で見る限りは形がはっきりとしない、煙のような、空間にひろく散った、自由に動くことのできるという性質をもつものだということを知り、それを「氣」としました。加えてこれらの流動により風が生じることも、古代人は観察していました。そのため秦代以前の文献において「氣」と「風」は共通の意味で使われていることが多いことに納得がいきます。
古代人は空を見上げて考えたのでしょう。そこでこの風が私たちに多くの自然の恵みを与えてくれることに気がつきました。風が吹けば雲がやって来、雲が集まって固まると雨になり、その雨が私たちに恵みをもたらします。もし暴風にもなろうものなら、大自然の地形は変わり、人々の生活に大きな混乱と災難をもたらします。つまり雲や風のような無形の状態で存在しているところからの恵みから、万物、天地が生まれるという「有形生于無形(形のないものから形のあるものが生まれる)」という考え方がおこったのです。
つまり気とは、哲学的な意味では、「自然界すべてを構成する万物のもっとも基本的な、もっとも原始的な物質である」と定義付けされています。これらの気のことを「元気」「原気」とも呼びます。この自然界すべてを構成する万物の中に、当然私たち人間も含まれるわけであり、これが現在までの中医学の思想におおきな影響をもたらすわけです。
では、次回ではもうすこし具体的に医学的な「気」について探って行きたいと思います。
(上の写真は、中医薬大学のキャンパスの様子)
(参考文献)
普通高等学校教育中医薬類教材
中医基礎理論、中医診断学、内経選読(以上、上海科学技術出版社)
新編中医基礎理論(北医大、協和医大聯合出版社)
中医学導論(上海中医薬大学)
(山之内 淳)
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